血液製剤により肝炎感染が社会問題化したのは01年ごろで、現在の田辺三菱製薬が製造販売したフィブリノゲンによる感染者が推計で1万人を超えていることが分かって、この製剤の国内の使用制限が米国より10年遅れた問題も分かりました。
このころ感染者約20人で薬害肝炎被害者の会が結成され、損害賠償訴訟が起こされたという経過があります。国会議員の中には、フィブリノゲンの納入先の公文書開示請求をしたものの、厚労省は 病院側の利益を害すると一度拒否しながらも、約7000の医療機関は04年に公表されました。
新たに見つかった418人の感染者リストは、厚労省が薬事法に基づき当時の三菱ウェルファーマに提出させたもので、三菱が医療機関から吸い上げた65~93年ごろの間の副作用報告です。
このような副作用の報告義務は03年7月の薬事法改正で医師にも義務づけられましたが、リスト作成の02年当時は、原則的に製薬会社が情報を集め、国に届け出る仕組みであったわけです。
87~00年
血液製剤による肝炎集団感染の報告相次ぐ
01年
旧ミドリ十字による肝炎発生例の過少報告発覚
02年
厚労省が過去の肝炎問題の対応について調査開始
老人保健法による自治体のC型肝炎ウイルス検査開始
三菱ウェルファーマ(旧ミドリ十字)が感染者418人のリストを国に報告
04年
厚労省が約7000のフィブリノゲン納入医療機関を公表
07年 9月
製薬会社の投薬事実を示す文書の保管が判明
感染者リスト418人、厚労省が患者を特定できるリストの放置問題発覚
参考
厚生労働省ホームページ